23/03/16 泣いて咲いて育っていく(らしい)

最近、ビールを飲めるようになってきた。我が飲酒史における大転換点ですらある。というか、昨夜はビールを飲み過ぎてダウンしたのだった。

もともと炭酸を含むアルコールが極めて苦手で、ビールだけではなく、ハイボール、スパークリングワインなども避けてきた。飲み切れずに温くなっていくのを眺めていくのは悲しいし、食事を伴う場合には胃の食べ物が入るスペースがなくなるから、初めからワインや日本酒、焼酎、ウイスキーなど非炭酸のアルコール(大抵の場合、度数が高い)を注文して、集団においてやや浮く、ということを仕方なく続けてきた。

ところが歳を重ねれば、場に合わせるということも、腹立たしくも自ずとできるようになってきて(社会性の獲得だ)、通常一杯目で注文され、かつ、乾杯しやすいジョッキでサーブされる類のアルコールをこれまた仕方なく注文するようになった。これだから他人と飲むのは云々、と「最近の若者」にありがちな飲み会に対する忌避感を表明して憚らなかったころを思えば、驚くべき進歩である。いや、もしかすると、加齢に伴って孤独に耐えかねるようになっただけかもしれないが...。

もうひとつ驚くべきことが、人間の身体の持つ馴化の力だ。かつては350mlの缶ビールすら飲み干せなかったのに、徐々に飲めるようになってきた。胃袋が大きくなったのだとしたら食事の量が増えそうなものだが、そうはなっていない(現に、今日はブルガリアヨーグルト2つとピーナッツチョコレートしか食べていない(もっとちゃんと食べたほうがいい))から、飲む機会が増えて、身体が適応したのだろう。

苦手な気持ちがなくなってみると、なかなかビールも奥が深い。「もやしもん」や「ドランク・インベーダー」を読んでいることもあって、なにやら細かい分類があることも分かってきた。度数が低いからお酒が苦手なひとでもとっつきやすく、醸造酒だから生産に挑戦しやすいんだろうなあ、と思いながら、特に何も気にせず飲んでいる(覚える気がない)。愛するウイスキーと原料は一緒なのだから、苦手ではあれど嫌いになるわけはない。が、やはり興味が向くかと言うとそれはまた別なのだった。

LoveをLikeの上位互換とするならば、同じ琥珀色の仲間と言えど、ビールはまだLikeの段階だ。あとはまあ、プリン体が多いよネ。

 

今日のお酒:バレッヒェン10年