23/02/21 Impulse

先日のコミティアに触れた日記を読んだ友人に、毎日書いてるこの日記も創作活動の一種なんじゃないの、と肯定(?)されたが、創作と呼ぶにはあまりにも個人的な営みだから、そうなのかな、と返答した自分がいまになって烏滸がましく、恥ずかしい。

少し冷静になって考えてみると、自分の中では、もっと物語性を持ったものや、衝動に突き動かされて表出するものが「創作」と呼称するべき表現だと感じている節がある。そういう意味では、バンド編成の音楽はまさしく両者を兼ね備えていて、自分が強く惹かれるのも文字通り自ずと理解できる。

だから、小洒落たメロディで声の高い男性ボーカルがビブラートを聞かせて歌う2010年代後半からのロックバンドの一潮流を受け付けないし、受け入れられない面倒なバンドオタクになってしまっている。

 

閑話休題。要するに自分は、素材の味が出過ぎた、ある種乱暴にも思える表現を好む傾向にある。好きな絵画も写実的なものより、印象派・野獣派とか、抽象的なものの系譜だ。だが一方で、いま現在自分が描きたいと思っているものは違う。ポップで、楽しくて、可愛げのある、音楽のジャンルで言えばFuture Bass、それでいて画面の色は3,4色みたいな、そういうやつだ。

そういうところで気が付いたのが、描きたいものと好きなものが違う、といった場合の折り合いの付け方が分からないということだ。大抵「こういうものを作りたい!」という「憧れ」や「好き」を端緒にクリエイティブの道が始まると思うのだが、そこが噛み合っていない。いや、今描きたいものが嫌いなわけではもちろんないけれど、あまり自分が理想とする絵の形態ではない。

いまのこの描きたい、という衝動を一過性の熱で終わらせないためにも、早く手を動かしたいのだが、ここの違和感を解消しないと、なんとなく、「違うな」と感じて早々に筆を折ってしまいそうな気がして不安だ。

どうして自分がその絵を描きたいのか、というところを解剖する必要があるように思う。そこを飲み込めたなら、あとは自分を信じて、身体中の衝動を、指先から画面に注ぎ込むだけだ。まあ、それが一番大変なのだけど!